石定盤技術習得
1970年代、機械の部品精度を計測するには「鋳物」定盤の上に部品を載せてハイトゲージで測定しており、まだ3次元測定器は普及していませんでした。
当時の定盤は鋳物で作られており、定盤の上面はキサゲ加工により精度を出していました。
「鋳物」定盤は表面がキサゲ加工の為、凹凸がある(全面あたりではなく滑りが悪い)使い辛い測定具でした。錆や摩耗が起きやすく、常にメイテナンスが必要でした。
強度が低く、加工物の重量で歪みやすいなどの欠点がありました。
これに対して「石」定盤の特徴は、「鋳物」定盤の欠点を補完するものでした。
1980年後半頃から日本でも取り入れられる機運が出てきました。
当時、石定盤は輸入品頼みでした。当社はこれに注目し、何とか石定盤の技術を習得したいと考えました。
丁度その頃、安田工業の機械の取引先としてASUTRAL社(シカゴ)があり、社長であるKAFMAN氏(スイス人)は、石定盤のラッピング技術の熟練者であり、アメリカに移住して石定盤の製作、販売とその修正作業を請け負う仕事をしていました。
後に工作機械の販売も始めYASDA(安田工業)と取引がスタートしました。
1987年、KAFMAN社長に石定盤のラッピング技術を伝授頂く事をお願いすると、快く応じて頂けました。
当社に1971年9月に入社した田中喜六氏に白羽の矢がたち、早速にシカゴに1ヶ月派遣しました。社長の助手として客先の工場を訪問し、そこで使用されている石定盤の修正作業に従事し、田中喜六氏の持ち前の器用さとセンスの良さで、短期間(1ヶ月間)で習得しました。
この仲介に立ち、お世話頂いた山善シカゴ支店八馬氏に感謝いたします。
八馬氏の話によると、初めは田中喜六氏の宿泊していたホテルとアストラル社間の送迎を八馬氏がマイカーでサポートしていましたが、 次第に八馬氏も仕事があり、いつまでも一緒にいれず困っていたら、田中氏は「自分で行く」とバスの時刻表、最寄り駅、路線バスを見つけ出し、自力で通勤を始めました。「優れた対応能力に驚いた」と申していました。
石定盤ビジネス参入
当時は「石定盤」がまだ普及していない時代で、ビジネスとして成り立たない時代でした。石定盤を持っているお客様は、「石定盤」は石だから摩耗することはないと修正する事を珍しがりました。したがって「鋳物」定盤のキサゲ加工のような修正は必要ないと思われていました。実際は長年使っていると使用頻度の多い場所から摩耗して、全体の精度が落ちていきました。
喜六氏が持ち帰った技術を元に、「石定盤」の修正作業からビジネスの道に入りました。安田工業が設備している「石定盤」の修正作業から始めました。それから他社の仕事を受注するようになりました。
作業回数が増えて熟練度が上がると、石の素材を海外から購入し、自社のラッピング技術で精度をあげ、YASDA製「石定盤」の販売をスタートさせました。素材はアメリカ、中国等から仕入れました。
最初は順調にスタートしました。
しかし、この業界に大手石材製造、販売を手がける会社(関ヶ原石材)が新規参入し、大量に安価な価格で販売を始め、ビジネスでは対抗できなくなりました。
しかし、非常に高精度なラッピング技術が残り、どこにも真似の出来ないレベルのラッピングが出来るようになっていました。
「大型」石定盤設備
弊社設備として、「大型」石定盤を2007年10月に設置しました。
取引先の加工物が大型化し、当時の弊社設備の石定盤では、将来の「大型」加工物の測定に対応出来ないと購入を計画しました。
アメリカのバージニア州の山から切り出し、現地で粗加工した後アメリカ東部からトラックで西側のシアトルまで何千kmも運ばれ、シアトル港より船で神戸港まで運び、弊社までトラックで運ばれました。
「大型」石定盤の一辺は3,500mmもあり、国道片側4,000mmの道幅はギリギリで交通に支障がある為、夜間に先導車で警戒しながら神戸港より当社まで搬送されました。
搬入から設置工場の設計、基礎コンクリート設置、工事中断、設計変更、基礎コンクリートの除去、新しい基礎コンクリート設置、第4組立工場建築、そして基礎コンクリートの上に石定盤設置、精度だしの為のラッピング作業開始で完了しました。
この間5年の歳月を費やした当社の一大事業でありました。
「大型」石定盤のサイズは、上面のサイズは3,500mm×3,500mm、厚さ1,000mm、
重量38tあります。平面精度は常に5μ以下に保持しています。
平面精度を例えると、1km角→高低差1mm程、または1,000km角→高低差1m程で表されます。
工場床「基礎コンクリートブロック」
「大型」石定盤は、重量約450tの工場床(基礎コンクリートブロック)に設置されています。
厚さ1mの「基礎コンクリートブロック」は、底面に砂の層を敷き詰め、上に製鉄所から排出した鉄滓の層を敷く事で下面部の断熱を試み、更に上に防水シートを敷いて地下から水分が「基礎コンクリートブロック」に浸み込まないよう防いでいます。下層部には地下水が侵入しないよう、透水管を設置し、地下水を集めポンプで強制排水を行っています。
「基礎コンクリートブロック」は、建屋の基礎、地中梁から独立させて、クレーン等の振動が基礎コンクリートに伝わる事を防いでいます。
工場の屋根、外壁は冷凍冷蔵倉庫の建築に使用される断熱性の良いパネルで構成され、さらに内壁は防音と断熱性をより良くする発泡スチロールのパネルを張り付けています。
「大型」石定盤を設置する工場は、今ある知識・経験を最大限に反映させました。
「大型」製品加工
このラッピング技術が更にレベルアップしていったのは、幸いにも弊社の取引先である機械メーカーの製品(加工物)が大型であった為でした。
高精度な加工を要求され、加工後の精度を確実に測定する必要がありました。
図面表記の精度は、1μの誤差も許さない厳しいものでした。
世間一般の「大型」加工物の要求精度は、ここまで厳しくなく1、2μの誤差は問題視されない風潮がありました。大型加工工場の温度管理や測定器具、加工機械の精度に起因しました。
現在加工している大型加工物は、幅1,150mm、長さ1,850mm、高さ950mm、重量2,400kgあり、多方に加工面があり、フライス加工していきます。
全体を構成する加工面は平坦度10μ以下です。
問題は加工後の測定で、このような重量物の測定は3次元測定機を使用することはできません。1μ精度を確実に測定できないからです。
そこで「大型」石定盤の上に加工物を設置し、ハイトゲージで測定する方法しかありませんでした。重量のある加工物を石定盤の上に設置しても石定盤が歪まないような強度ある石定盤でなければなりません。
弊社の石定盤は、底面を三点で受けていますので、安定的に加工物の加重を分散することができます。
この「大型」石定盤のおかげで、現在取引先よりの大型加工物の受注が滞りなく入り盛況をきたしております。
最後に
石定盤に関わって既に37年が過ぎました。
最初に取り組んだ田中喜六氏も鬼籍に入りました。37年かけて培ったこの技術は、当社の歴史であり、貴重な経験であり、誇りであります。
今後も大切に守っていかなければならない技術であります。
2024年8月29日
安田友彦